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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)105号 判決

控訴人 株式会社駿河銀行

右代表者代表取締役 岡野喜久麿

右訴訟代理人弁護士 島田稔

被控訴人 山本徳生

右訴訟代理人弁護士 岩本充司

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は控訴人に対し、金一八四六万一五六一円及び内金一〇〇万円に対する昭和五五年七月六日から、内金一八〇万円に対する同月八日から、内金三六一万九二八〇円に対する同月一五日から、内金二〇〇万円に対する同月二六日から、内金四〇〇万円に対する同年八月一日から、内金二九二万三〇八〇円に対する同年一〇月二二日から、内金一四九万一〇五〇円に対する同年一二月七日から、内金一三八万〇七四〇円に対する同五六年七月二三日から、各完済まで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二当事者の主張

一  控訴人の請求の原因

1  控訴人は、昭和四七年七月二九日訴外今田廣との間で、手形貸付、手形割引その他の取引を行うこと、遅延損害金を年一四パーセントとすることなどを内容とする銀行取引契約を締結した。

2  被控訴人は同五二年九月二一日控訴人との間で、今田廣が右銀行取引契約に基づき控訴人に対して負担する債務について、極度額五〇〇〇万円の限度において連帯保証する旨の契約(以下「本件保証契約」という。)を締結した。

3(一)  今田廣は控訴人に対し、別紙手形目録記載の(1)ないし(9)の手形九通(以下各個にいうときは「(1)ないし(9)の手形」と、総称するときは「本件手形」という。)をいずれも支払拒絶証書作成義務を免除したうえ裏書した。

(二) 控訴人は本件手形を各満期の日((3)(4)の手形については各満期の日の翌日)に、それぞれ支払のため呈示したが、その支払を拒絶され、これらを現に所持している。

4  控訴人は同五六年七月二二日(7)の手形金の一部として七〇万六七六〇円の支払を受け、その残額は一三八万〇七四〇円となった。なお右手形金二〇八万七五〇〇円に対する支払呈示した日の翌日である同五五年九月一七日から同五六年七月二二日までの間の前記約定利率による遅延損害金は二四万七四一一円となる。

5  よって、控訴人は被控訴人に対し、本件保証契約上の債務の履行として、本件手形金((7)の手形については、4に記載の手形金残額及び遅延損害金の合算額)合計一八四六万一五六一円及び(1)の手形金一〇〇万円に対する同五五年七月六日から、(3)の手形金一八〇万円に対する同月八日から、(4)の手形金三六一万九二八〇円に対する同月一五日から、(2)の手形金二〇〇万円に対する同月二六日から、(5)(6)の手形金合計四〇〇万円に対する同年八月一日から、(8)の手形金二九二万三〇八〇円に対する同年一〇月二二日から、(9)の手形金一四九万一〇五〇円に対する同年一二月七日から、(7)の手形金残額一三八万〇七四〇円に対する同五六年七月二三日から(以上の各起算日は、いずれも各手形を支払呈示した日の翌日である。ただし(7)の手形金残額については、前記4に計上した遅延損害金の最終日の翌日である。)、各完済まで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否

1  請求原因1・2の各事実は認める。

2  同3・4の事実は不知。

三  被控訴人の抗弁

1  保証人変更の合意の成立

被控訴人は昭和五四年八月控訴人との間で、被控訴人が今田廣の連帯保証人たる地位を脱退し、同人の妻である今田嘉子が新たに連帯保証人となる旨の合意が成立した。

2  商法五〇九条に基づく承諾擬制

(一) 控訴人は銀行業を営む商人であり、被控訴人は控訴人と平常取引をなす者であって、同年九月下旬控訴人銀行浜松支店(以下単に「浜松支店」という。)に対し、本件保証契約につき保証人変更(現保証人の脱退及び新保証人の加入)の申込みをした。右申込みは控訴人の営業の部類に属する契約の申込みにあたるから控訴人は、遅くとも一五日以内に、その申込みに対する諾否の通知を被控訴人に対してなすべきであったにもかかわらず、これを怠ったから、同条の規定により右申込みを承諾したものとみなされ、これにより保証人変更の合意が成立し、被控訴人の本件保証契約上の債務は消滅した。

(二) 右の事実関係を敷衍すると次のとおりである。

(1) 控訴人銀行の支店において保証人変更の申込みを受けた場合には、同支店は、新保証人となる者につき信用・資産等を調査し、その結果を記入した資産調書を作成し、新保証人としての適格性を審査したうえ、控訴人の本部に禀議を上申し、本部から承認の決裁を得たときは、同支店備付けの「保証人加入および脱退契約証書(以下「脱退等契約証書」という。)」並びに「保証約定書」の各用紙を申込者に交付し、右各書面の提出を受けたとき、脱退保証人に対し脱退を承諾する旨通知するという手続を経由することになっている。

(2) 被控訴人は新保証人となる前記嘉子とともに、予め入手しておいた「脱退等契約証書」、「保証約定書」の各用紙を使用して右各書面を作成し、今田廣を通じて、昭和五四年九月下旬、浜松支店貸付係の訴外大橋良種に右各書面を交付し、保証人変更の申込みをした。

(3) 被控訴人は、控訴人と銀行取引関係にある今田廣の保証人として、控訴人と密接な関係にあるので、保証人変更の申込みに対する控訴人からの諾否の通知を受けることを期待する立場にあり、その諾否の通知が迅速になされることに多大の利益を有する者であるから、商法五〇九条所定の「平常取引を為す者」にあたり、かつ、前記申込みは同条所定の「其(控訴人の)営業の部類に属する契約」の申込みにも該当するものである。

(4) 右申込みに対しては、控訴人内部の事務処理手続を勘案しても、遅くも一五日間以内に、諾否の通知を発することができる筈であるにもかかわらず、控訴人はその通知を発することを怠ったので、右期間の経過により、前記申込みに対する承諾が擬制され、これにより保証人変更の合意が成立した。

3  信義則に基づく承諾擬制

(一) 被控訴人が保証人変更の申込みをするに至った契機は、控訴人が今田廣に対し、同人との間の取引が保証極度額五〇〇〇万円を超えたためこれを増額するよう要請したことにあり、今田廣は右極度額を増額することになれば、被控訴人の資力が不足することになり、同人よりも資力の優る妻嘉子を新保証人として加入させた方が適当であるとの判断のもとに前記申込みがなされたものであり、むしろ控訴人の利益を配慮したものである。

(二) 保証人変更の申込みを受けた前記大橋は、所定の事務処理方法により、調査・審査したうえ、控訴人本部に禀議を上申してその決裁を得る手続をなすべき職務上の義務があるにもかかわらず、これを怠り、同五四年一〇月五日同銀行藤枝支店に転勤した。その後事務引継ぎを受けた訴外鈴木松典は、新保証人となる嘉子が今田廣と生計を一にする同居中の妻であるという理由だけで、不適格と判断し、その後の事務処理手続をしなかった。もし、鈴木がこれを忠実に履践すれば、前記2(二)(4)のとおり、控訴人は右申込みに対する諾否の通知を遅くとも一五日以内に発することができた筈である。

(三) 前記2(二)(3)のとおり、被控訴人は保証人変更の申込みに対する諾否の通知を受けることを期待する立場にあり、その通知が迅速になされることに多大の利益を有するものであり、他方、控訴人としては、諾否を決定し、その結果を通知することは極めて容易であったのである。

(四) 仮に、承諾が擬制されないとすれば、被控訴人に対し一方的に不利益を強いることになる。金融機関である控訴人を信頼して保証人変更の申込みがなされたのであるから、両者を実質的に公平に取り扱うためには、顧客である被控訴人を保護すべきであって、右申込みに対する承諾を擬制するのが相当である。

(五) 右(一)ないし(四)に鑑み、本件保証人変更の申込みがなされた同年九月下旬から一五日間の経過により、信義則上、控訴人の承諾が擬制されるものと解するのが相当であり、これにより保証人変更の合意が成立し、被控訴人の本件保証契約上の債務は消滅した。

4  不法行為に基づく損害賠償債権による相殺

(一) 被控訴人から保証人変更の申込みを受けた浜松支店の係員は、前記2(二)(1)のとおり事務処理をなすべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠ったのみならず、脱退等契約証書等を紛失した。

(二) もし、かかる過失行為がなければ、短期間内に、嘉子が新保証人として加入し、被控訴人は脱退でき、本件保証契約上の債務の履行を免れることができたところ、右過失により、本訴請求金額と同額の債務を負担せざるをえない状態に陥り、右金額相当の損害を被った。

(三) そこで、被控訴人は原審における第八回口頭弁論期日(同五五年一一月九日)において、控訴人に対し、右損害賠償債権と控訴人の本訴請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

5  本訴請求の信義則違反

被控訴人からの保証人変更の申込についての事務処理が、控訴人の係員の過失により放置されたため、被控訴人の保証人脱退が実現しなかったのであるから、控訴人がこれを奇貨として、被控訴人に対し、本件保証契約上の債務の履行を請求することは、信義則に反し許されない。

四  抗弁に対する控訴人の認否及び反論

1  抗弁1の事実は否認する。

2(一)  同2(一)の事実中、控訴人が銀行業を営む商人であること、被控訴人が同五四年九月下旬控訴人に対し本件保証契約につき保証人変更の申込みをしたことは認めるが、その余は争う。

(二)(1) 同(二)(1)(2)の各事実は認める。ただし、大橋は本部の承認を得た後でなければ受理できない旨を告げ、仮受領として預ったものである。

(2) 同(二)(3)の事実は否認し、商法五〇九条の規定の適用は争う。

(3) 同(二)(4)は争う。

3(一)  同3(一)の事実中、保証極度額の増額要請の点は認めるが、その余の事実は否認する。むしろ保証人変更の申込みは被控訴人の利益のためになされたものである。すなわち、被控訴人は今田廣から営業資金の援助を受けていたことから、その代償として、本件保証契約を締結したが、同人に対する債務を完済したため、保証人の地位を脱退しようと意図したことによるものである。

(二) 同3(二)の事実中、大橋が同五四年一〇月五日控訴人銀行藤枝支店に転勤したこと、鈴木松典が事務を引き継ぎ、嘉子が今田廣と生計を一にする同居の妻であることを理由として新保証人として不適格であると判断したことは認めるが、その余の事実は否認する。鈴木は同年一〇月末ころ今田廣に対し嘉子が新保証人として不適格であるため、保証人変更の申込みを承諾することは難しい旨回答し、次いで同年一二月二八日今田に対し、保管にかかる嘉子作成名義の保証約定書を返還した。

(三) 同3(三)(四)は争う。保証人変更の申込みに対する承諾を擬制することは、被控訴人を不当に保護することになり、かえって取引の安全を害する。

4(一)  同4(一)の事実中、控訴人が脱退等契約証書を紛失したことは否認し、その余は争う。

(二) 同4(二)は争う。

5  同5は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1・2の各事実は当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》を総合すると、同3・4の各事実が認められる。

三  被控訴人は、昭和五四年八月控訴人との間で本件保証契約について保証人変更の合意が成立したと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠がないので、被控訴人の右主張は理由がない。

四  次に、被控訴人が同年九月下旬控訴人に対し保証人変更の申込みをしたことは当事者間に争いがなく、右申込みの前後の経緯は左記のとおりである。すなわち

1  《証拠省略》によると、織物製造業を営んでいた今田廣は、妻嘉子の弟である被控訴人に対し資金面での援助をするとともに、織物製造の下請負をさせていたこと、このような取引関係にあったため被控訴人は本件保証契約を締結したものであること、昭和五四年八月当時、控訴人の今田廣に対する銀行取引契約上の債権は、本件保証契約所定の保証極度額五〇〇〇万円を約六〇〇万円超過していたので、浜松支店貸付係の大橋良種は今田廣に対し、右極度額の増額につき被控訴人の承諾を得るよう要請したこと(保証極度額の増額要請の点は、当事者間に争いがない。)、当時被控訴人は今田廣に対し同人に対する債務を完済していたので、本件保証契約から脱退したいと望んでいたこと、今田廣は同年九月中旬ころ右大橋に対し、被控訴人を保証人から脱退させ、代りに、妻嘉子を新保証人として加入させることとして保証極度額の増額に応じてもよいとの意向を伝えたこと、嘉子は夫廣と同居しているが、独自に観光ホテルを経営し、廣の他の金融機関に対する債務について保証していたことが認められる。

2  控訴人銀行の支店が保証人変更の申込みを受けた場合における事務処理手続が抗弁2(二)(1)のとおりであり、同月下旬右大橋が同(二)(2)のとおり脱退等契約証書及び保証約定書の交付を受けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、大橋は今田廣を通じて右各書面の交付を受け、保証人変更の申込みを受けた際、同人に対し、保証人の変更には控訴人本部の承認を要するので、その後に右各書面の提出を受けるのが本則である旨説明したことが認められる。

3  《証拠省略》によると、大橋は同五四年一〇月五日他の支店に転勤したが(この点は当事者間に争いがない。)、右転勤前に今田廣に対し妻嘉子の資産についての資料を提出するよう申し入れたこと、その直後事務引継ぎを受けた鈴木松典は、嘉子が主債務者である廣と生計を一にする同居の妻であることを理由に新保証人として不適格であると判断し(この点も当事者間に争いがない。)、同女の信用・資産についてあらためて調査することなく上司である支店長と協議した結果、保証極度額の増額を断念し、貸越金額を減少することにより、従前の保証極度額の範囲内で今田廣との間の銀行取引を継続する方針を決め、保証人変更申込みについてのその後の手続を打ち切ったこと、それまでの間嘉子の資産に関する資料は提出されなかったこと、支店段階において、新保証人を不適格と判断したときは、更に控訴人本部に対し禀議を上申しないのが、支店における一般的事務処理方法であり、ただ通常支店は脱退申込者に対し不承諾の旨連絡する例であったが、本件においてはこれをしなかったことが認められる。《証拠判断省略》

4  《証拠省略》によると、今田廣は同五五年六月一一日不渡手形を出して倒産し、同年八月一〇日ころ被控訴人は仮差押命令(債権者・控訴人)の執行を受けたこと、被控訴人は保証人変更の申込み以降右執行を受けるまでの間、浜松支店に右申込みに対する諾否について何らの問い合わせもしなかったことが認められる。

五  右四に認定の事実関係に基づき、被控訴人の抗弁2、3について判断する。

1  先ず被控訴人の主張する商法五〇九条の規定による承諾擬制(抗弁2)について考察する。

(一)  同条は、隔地者間における承諾期間の定めのない商事契約の申込みについて、商取引の迅速性の要請をみたすとともに、申込者の信頼の保護を図る趣旨の規定であるから、同条所定の「平常取引を為す者」とは、商人との間に従前ある程度の継続的な取引関係が存在し、今後も取引の反覆が予想される者をいい、また「其営業の部類に属する契約の申込」とは、相手方である商人が自己の営業として行う基本的商行為に属するもので、諾否を容易に決しうる日常集団的反復的に行われる契約の申込を指称するものと解するのが相当である。

(二)  ところで、前記一、四1の認定事実によると、本件において主たる債務者である今田廣と控訴人との間には継続的な銀行取引関係が存在しているものの、被控訴人は、今田廣の控訴人に対する右取引より生ずる債務を保証した者にすぎず、独自に直接控訴人との間で継続的な取引を行う者ではないから、被控訴人は同条所定の「平常取引を為す者」にあたらないというべきである。

更に本件保証人変更の申込みは、被控訴人についていえば、本件保証契約上の債務の免脱を目的とするものであって、控訴人にとって諾否を容易に決しうる日常的な契約の申込でないこと明らかであるから、(一)に説示したところに鑑み、同条所定の「営業の部類に属する契約の申込」にあたらないともいうべきである。

(三)  してみれば、本件保証人変更の申込みに商法五〇九条を適用する余地は全く存しないものというべく、これに反する被控訴人の主張は独自の見解として採用のかぎりでない。

2  次に信義則による承諾擬制(抗弁3)について判断する。

(一)  被控訴人は、本件保証人変更の申込みは控訴人の利益のためになされたものであると主張するが、前記四1の認定事実によれば、被控訴人が今田廣に対する債務を完済したことに伴い、本件保証契約から脱退を希望したので、今田は夫婦だけで控訴人に対する債務の履行責任を負うべく保証人の変更を企図したものであるというのであるから、右申込みは、控訴人の利益のためというよりも、むしろ被控訴人及び今田廣の利害に即してなされたものというべきである。

(二)  被控訴人は、浜松支店の係員が保証人変更の申込みを受けた後における事務処理を怠ったと主張するが、前記四3の認定によれば、同支店長と鈴木松典は協議のうえ今田嘉子を新保証人として不適格であると判定し、右申込みについての事務処理を打ち切り、一般の取扱に従って、更に控訴人本部への禀議上申をしなかったというのである。

ところで銀行等の金融機関としては、自己の有する金銭債権の回収を確保するため、確実な担保の提供を受けておくことは業務の円滑な遂行上最も肝要な事柄であるから、現保証人の脱退とこれに代る新保証人の加入についての諾否を決定するにあたたっては、単に両者の資産の多寡のみならず、職業、年齢、主たる債務者との身分関係、社会的信用度、その他諸般の事情の比較考量等債務の履行確保のために万全を期すべく、もとより申込者の申出に拘束されるものではなく、自由な裁量により、申込みに対する諾否を決定できるものであり、主債務者ないし保証人はその決定に不満があっても、その変更を強制できる筋合ではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、鈴木ないし同支店長が今田嘉子を主債務者と生計を一にする同居の妻であることを理由として保証人として不適格であると判定し、本件保証人変更申込みの事務処理を打ち切り、本部への禀議上申をしなかったとしても、特段の事情が認められない本件においては、被控訴人は右処置の当否を論難することはできないものというべきである。

(三)  被控訴人が、控訴人から保証人変更申込みに対する諾否の通知を受けることを期待し、その通知が迅速になされることに多大の利益を有することは、右申込みの内容に鑑み明らかであり、前記四2・3に認定のとおり、控訴人銀行支店は通常、かかる申込みに対する諾否の通知を、申込者に対してなしていたが、本件申込みについては、これをしなかったというのである。しかしながら、被控訴人としても、保証人の変更には控訴人本部の承諾が必要であることを了知していたことは、前記四2の認定に徴し明らかである以上、前認定の大橋に対する各書面の交付のみで保証人変更が認められると期待するのは早計であり、諾否の結果を早期に知りたいのであれば、浜松支店に電話照会するなど一挙手の労によって優に事足りたにもかかわらず、前記四4に認定のとおり、仮差押命令を受けるまでの間一〇か月以上にわたり何らの問い合わせもしなかったというのであり、上記の経緯に鑑みれば、控訴人からの通知欠缺の一事により保証人変更の申込みに対する承諾の擬制という重大な効果の発生を求める被控訴人の主張は控訴人の些細な落度に乗じて多大の利益を収めようとするもので到底信義則の適用を肯定できる場合ではないというべきである(しかも、本件で控訴人がなすべきであった通知が不承諾のそれであったことを考えれば、尚更というべきである。)。

(四)  被控訴人は、承諾が擬制されなければ、被控訴人に一方的に不利益を強いることになると主張するが、本件保証契約につき保証人変更の合意が成立しなければ、従前どおりに本件保証契約がそのまま継続するだけのことであるのに、右合意が成立すれば、控訴人の被控訴人に対する既得の権利は消滅し、他方被控訴人としては何らの代償もなく債務を免れることになるのであって、被控訴人の主張こそ自己の利益に偏するものというべきである。

(五)  右(一)ないし(四)に説示のとおり、本件において信義則に基づく承諾擬制の根拠として被控訴人が主張する事由はすべて採用のかぎりでなく、そのほかに信義則上本件保証人変更の申込に対する承諾の擬制を相当とするような事情は、本件に現れたすべての証拠を検討してもこれを見出しえない。してみれば、信義則による承諾擬制の主張も失当というべきである。

六  進んで損害賠償債権による相殺の抗弁について判断する。

前記四3に認定のように、控訴人銀行浜松支店貸付係大橋良種の転勤後、本件保証人変更の事務引継ぎを受けた同支店の鈴木松典は、新保証人となる嘉子が主債務者である今田廣と生計を一にする同居の妻であるから新保証人として不適格であると判定して支店長と協議の上本部への禀議上申もしなかったものであり、このような事務処理は控訴人銀行支店内部における一般的事務処理方法に適うものであり、かつ控訴人は前叙のとおり金融機関として保証人変更の諾否について広範な裁量権を持つものである以上、鈴木ないし支店長の右処置は正当であって、その過程に被控訴人主張の過失を認め得ない。

ただ鈴木は先に認定のとおり被控訴人に対し不承諾の通知をしなかったものであるが、これが発せられたとしても、保証人変更の合意の成立及び被控訴人の保証人からの脱退が実現するものでないことはいうまでもないところであるから、右通知欠缺の点に顧客に対する配慮に欠けるところがあったというべきであるとしても、このことと被控訴人主張の損害との間には何らの因果関係も存しないというべきである。

更に鈴木が被控訴人に対し相当な時期に右不承諾の通知をすれば、主債務者である今田廣ないし被控訴人においてあらためて嘉子に代えて新保証人となる者を選定し、重ねて保証人の変更を申入れ、これに対する控訴人による適格の判定を得て、被控訴人が確実に保証人から脱退できたと認めるに足りる証拠も存しない。

してみれば、被控訴人の相殺の抗弁も理由がないというべきである。

七  最後に本訴請求が信義則に反するとの被控訴人の主張について判断するに、被控訴人の保証人からの脱退が実現しなかったのは四3に認定のとおり、新保証人となる嘉子が主債務者と生計を一にする同居の妻であるため控訴人銀行浜松支店において保証人として不適格と判定し、爾後の手続を打ち切ったことによるものであり、右判定及び処理が正当であることは、既に述べたとおりであるから、被控訴人の主張はその前提を欠くというべきである。

ただ、前述のとおり、浜松支店係員は被控訴人に対し不承諾の通知を発しなかったが、この一事により本訴請求が信義則に違反することになるものでないことは、上来縷々説示したところから明らかというべきである。

八  以上の次第で、控訴人の請求原因1ないし4の肯認できること前示のとおりであり、被控訴人の抗弁はすべて理由がないから、被控訴人は本件保証契約に基づき控訴人に対し請求原因5記載の金員を支払うべき義務があるものといわなければならない。

よって控訴人の本訴請求を棄却した原判決は失当であるから、これを取り消し、控訴人の本訴請求を認容すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木潔 裁判官 鹿山春男 岡山宏)

〈以下省略〉

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